健軍地区の歴史を振り返るときに忘れてならないのが、三菱重工熊本航空機製作所の存在です。太平洋戦争開戦の年、昭和16年に三菱重工業株式会社が航空機増産のために、健軍に航空機製作所建設を決定し、昭和19年に1号機が完成して工場が稼動を始めました。しかし戦局の悪化のため十分な業績が上がらないまま終戦を迎えてしまいます。現在の商店街の立地は当時の三菱の社宅寮を縦断する道路に面しています。なお、「健軍」という地名はこの三菱の工場建設よりさらに以前からの地名で、「たけみや」とも呼んでいたそうです。